新しいテクノロジーは、人をもっと働かせるために生まれてくる?

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昔々、教育現場にパソコン時代がやってきた時、教師をもろ手を挙げて喜びました。なぜか?それまでは、研究紀要や記念誌などはすべて手書きで書いていたから、その労力は大変だったからです。「これで、手書きの時よりも何倍も速く仕事が終わるぞ!」とぬか喜びしたものもつかの間、1~2年もすると「こんなにはやく原稿ができるなら、印刷業者に出さなくても自分たちで製本できるな」と誰かが言い出したら、「そうだね!どうせ製本するなら見栄え良く、デジカメで撮ったカラー画像をふんだんに載せよう!」「学校行事は、すべて映像に撮って編集しよう」とまた違う誰かが言い出す始末。「あれ?これって、作業効率は確かに良くなったけど、我々の時間コスト・金銭コストはむしろ前より大きくなっているんじゃ・・・?」と疑問を投げかけても、教育現場のデジタル化のスピードは増すばかりでした。コロナ時には、「急遽オンデマンド、オンライン授業を実施しなさい」とお達しがあり、不慣れな先生方は、相当なストレスだったことは間違いありません。そしてついには、生成AIが登場します。確かに今まで何時間もかけて行ってきた会議の文字起こしや議事録作成、英語教育の指導案作成などは短時間であっという間に出来てしまいます。ところが「これで面倒な事務作業から解放されるぞ!」と思ったのもつかの間、生成AIの進化スピードが速すぎて、やっと覚えた内容が数か月の間に陳腐化してしまいます。

これは有名な「ジェヴォンズのパラドックス」に似ています。ジェヴォンズのパラドックスとは、「テクノロジーが進歩し、より効率が向上すると、資源消費は減るどころか増加する」という直感に反する法則のことです。例えばある調査では、eメールやLINEは手紙より圧倒的に速く着くのに、メールチェックや返信の処理数は、手紙時代の50倍に増加したといいます。私たちの生活を立ち止まって見直すと、新しいテクノロジーの効率化は、かえって人の仕事を大幅に増やしているようです。