変わっていく言葉たち

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私が小学校教員になってから徐々に変わっていった言葉がいくつあります。例えば、登校拒否→不登校 父兄参観日→父母参観日→保護者参観日 机間巡視→机間指導 子供→子ども 障害→障がい 軽度発達障害→高機能自閉・アスペルガー症候群・広汎性発達障害→自閉症スペクトラム症 スキー遠足→スキー学習などです。変わったのには、それなりに理由があります。現代の家庭状況を考えると、父兄よりも父母よりも保護者参観日の方がしっくりくるし、堅苦しい巡視よりも指導の方が確かに適切だと言えるでしょう。ただし、なぜ変わっていったのかに思いを馳せることは必要です。「子供は、大人のお供ではないから子どもと書くべき!」という人がいますが、子供は熟字訓(*2字以上の漢字からなる熟字を訓読みすること。「明日(あした)」「今年(ことし)」「五月雨(さみだれ)」など)で、元々「子と供」の二つの漢字がくっついたものではありません。したがって、文科省・学校などの公文書では、子供と表記することになっています。もちろん、通常においては、「子ども」や「こども」と表記するのは問題ありません。現に私が所属していたのは【こども発達学科】だったし、TVのテロップでは「子ども」と表記されています。また、札幌市ではもう随分まえから障害を「障がい」と表記していますが、これは【害】という文字が多くの障がい者の人たちにとっては、不快に響くからです。しかし、一方で障がい者の中には、【害】を【がい】と表記してしまうことに違和感を持ってる人たちもいるようです。つまり、【障がい】と表記することで、「一体何が自分たちの障害となっているのか、見えづらくなる」というのです。確かに、多くの障がい者の人たちの【障害】になっているのは、むしろ「社会のルール・偏見・障壁の方だ!」という考えにはうなずけます。言葉は、時代によって、或いは社会の価値観によって、徐々に変わっていくものではありますが、それを安易に受け入れて使用するのではなく、その由来や変化の意味を深く考えていくことはとても大切なことなのかもしれません。