教育におけるカリキュラムには、意図的に行い伝えていくものと、意図する・しないに関わらず伝わってしまうものがあると言われています。意図的なカリキュラムとは、一般的には教育課程のことを指します。これに対して、意図せずとも伝わってしまうカリキュラムは、ヒドゥン・カリキュラム(隠れたカリキュラム)と言い、時間割にも指導案にも年間計画にも記されていない「正負の潜在的な教育効果」です。また、文部省のHPには【教育する側が意図する、しないに関わらず、学校生活を営む中で、児童生徒自らが学びとっていく全ての事柄】と定義されています。具体例を挙げてみると「いつもチャイムで授業が始まり、チャイムで授業が終了する(時間通りに始めたり終わったりすることは大事なんだな)」「先生は、僕たちが失敗してもチャレンジしたことを褒めてくれる(失敗しても何度でも挑戦していいんだな)」「発言しない子は飛ばして指名しているぞ(発言しなくてもいいんだ)」「先生は、言い分があっても言い訳するなという(言っても無駄だな)」「いつも笑顔で話を聴いてくれる(笑顔って心を楽にしてくれる)」これらのことは、先生が意図的にしている場合と、意図せずにしている場合もあるでしょうが、特に困るのは、意図せずに行ったことが、子どもにはネガティブな意味で伝わってしまう場合があることです。これは、本当に気を付けなくてはなりません。代表的な例は、「いじめられています!」と訴えた子に『君にも問題があるのではないか?』と答えることです。これを聞いた他の子は「先生は、いじめられている子の味方ではないな」と思うはずです。教育に携わるものは、自身の言動がネガティブなヒドゥン・カリキュラムになっていないか、常に意識していく必要があるでしょう。
ヒドゥン・カリキュラム
- 投稿公開日:2024年11月25日
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